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[Vol.084 2024年6月号]
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イオン性試料分析のハナグスリ
~LC/MSにも使えます~
(ライフサイエンス研究開発C 柴田)

下のクロマトグラム(図1)をご覧ください。ピンドロ-ルの光学異性体をCHIRALPAK® IB-N で分離したものですが、左のクロマトは実に奇妙な形ですね。ところが、同じ試料、同じカラム、そして同じ移動相なのに、ちょっとしたハナグスリを加えるだけで右のように変身しました。一体何がクロマトを変身させたのでしょう?

グラフ
図1
ラセミ体ピンドロールのキラル分離 
― ハナグスリが分離を一変させる。
カラム
CHIRALPAK IB-N 250 mm x 4.6 mmφ
移動相
ヘキサン/エタノール = 50/50 (v/v)
(a) + 10 mM ギ酸
(b) + 10 mM ギ酸 + 5 mM トリエチルアミン
流速
1.0 mL/min.
温度
25°
検出
UV (220 nm)

そもそもは弊社キラルカラムの一つ、CROWNPAK® CR-I から始まりました。このカラムは、試料の —NH2 を、クラウンエーテルに結合しやすいアンモニウム —NH3+ の形にするために、移動相に酸を加えます(参考情報1)。お薦めはpH 1.5~2 の過塩素酸です。しかし試薬の過塩素酸は取り扱いに注意が必要ですし、揮発性が低いのでLC/MSにはおそらく使えません。では、塩酸は? 酢酸はどうなのでしょう?・・・これらは試料をアンモニウムにするには十分なはずですが、なぜか試料の保持が弱く分離は不十分でした(図2の例は硫酸、トリフルオロ酢酸、過塩素酸の比較です。)。そこで気づいたことは、過塩素酸が解離してできる過塩素酸イオン ClO4- は、水和エネルギーが小さい、いわゆるカオトロピックイオンの代表格だということです。そこで、この性質がより強いPF6- の塩を加えてみると保持はさらに強くなりました。

グラフ
図2
ラセミ体トリプトファンのキラル分離。酸の種類によって保持の強さが変わる。
カラム
CROWNPAK CR-I 150 mm x 3 mmφ
移動相
水/アセトニトリル(70/30 v/v)+
(a) 20 mM 硫酸、 
(b) 20 mM トリフルオロ酢酸、 
(c) 20 mM 過塩素酸
流速
0.47 mL/min.
温度
30℃
検出
UV (220 nm).

これはイオン性の試料をODSなどで分析するときに使われるイオンペアクロマトグラフィーの特徴です。試料カチオンと一緒に対アニオンを吸着することで固定相の帯電による悪影響をなくす方法ですが、この対アニオンは何でもよいわけではなく、移動相溶媒から固定相に吸着されるときの脱溶媒和エネルギーの小さいアニオンが必要なのです。実は、多糖系キラル固定相を用い、逆相条件でアミン類を分析するときの添加物について30年も前に報告していましたが(参考情報2)、これと同じことがCR-I でも起こっていることが明らかになったのです。まとめると、CROWNPAK®を用いるときに移動相に加える酸の働きは、試料のアミンをプロトン化してアンモニウムにすることのほかに、試料のアンモニウムイオンが固定相のクラウンエーテルに結合するときに、機嫌よくそれに付き添ってくれるアニオンを供給することだったのです。

グラフ

さて、ここまでは従来から知られていたイオンペアクロマトグラフィーの原理がCROWNPAK® やCHIRALPAK®にも当てはまるという結果でした。次に、移動相溶媒として少量の水(例えば5 vol%)を含むアセトニトリルを使ったところ、その結果は予想外のものでした。当然、上で述べたカオトロピックアニオンを含む塩を添加しましたが、なかなか良い分離が得られずに悩んでいたところ、逆相条件ではほとんど試料を保持させなかった塩酸が強い保持と分離を与えることに気づきました。そこでいろいろな添加物を調べなおしたところ、逆相の場合と全く逆に水和エネルギーの大きいイオン(カオトロピックの反対概念として、コスモトロピックと言われる)が強い保持と良い分離を与えることがわかったのです。これは従来のイオンペアクロマトグラフィーの常識に反する意外な結果でしたが、コスモトロピックイオンは極性の低い溶媒の中では十分な溶媒和安定化が得られないため、逆に吸着されるときの脱溶媒和エネルギーが小さくなったと考えると、これもイオンペアクロマトグラフィーの枠内で説明できそうです。

上の検討で、有機溶媒を基本とする移動相においては塩酸や硫酸などが良好な保持・分離を与えることがわかりましたが、これらは最近普及してきたLC/MSに使うことは難しそうです。特に塩酸(その塩も)はよい分離を与えますが、液クロ装置のステンレスを腐食するので、使わないでください。それならどうするか・・・。そういえばLC/MSの移動相にしばしば有機酸が添加されます。有機酸のように弱い酸から導かれるアニオンはコスモトロピックなので、有機溶媒をベースとする移動相では強い保持を与えるはずですが、にもかかわらずなぜか有機酸では十分な保持が得られません。しばし悩んだ末、有機酸のような弱酸は通常の有機溶媒の中では解離できず、イオンペアクロマトグラフィーに必要な対アニオンを供給できないのではないか、だとすれば少量の塩基を用いて酸の一部を無理やりイオン化させればどうだろう? と考えました。それがハナグスリ、トリエチルアミンでした。酸だけを加えた場合、弱い酸ほど得られる保持は小さいのですが、モル数にして半分ほどのアミンを加えると保持は劇的に強くなり、しかも弱い酸ほど強い保持が得られました。同じことは多糖誘導体からなるカラムでも見られました。図1(a)の試料はピンドロール、カラムはCHIRALPAK® IB-N、溶媒はヘキサン/エタノール(50/50 v/v)、10 mMのギ酸を添加しています。ここにハナグスリとして5 mMのトリエチルアミンを加えたところクロマトが変身したのです(参考情報3)。

近年、LC/MSが液クロの検出法として重用されるようになっていますが、この方法においては添加物も含めて移動相が揮発性でなければなりません。この一連の検討の結果、LC/MS に使える移動相添加物がいくつか見つかり、それらを実際に使ったESI/LC/MSの例を図3に示しました(参考情報 4)。

グラフ
図3
(a) ラセミ体トリプトファンと(b) ラセミ体ピンドロールのLC/MS によるキラル分離。LC/MSによる検出ができました。
検出
LC/ESI/MS
カラム
(a) CROWNPAK CR-I 150 mm x 3 mmφ 
(b) CHIRALPAK IB-N 250 mm x 4.6 mmφ
移動相
(a) 水/アセトニトリル(5/95 v/v) +
 10 mM シュウ酸、0.8 mM アンモニア
(b) ヘキサン/エタノール (50/50 v/v) +
 10 mM シュウ酸、5 mM トリエチルアミン
その他
(a) 流速 0.47 mL/min. 温度 30℃ 
(b) 流速 1.0 mL/min. 温度 25℃ 

以上、ご紹介してきた方法が、何かのご参考になれば幸いです。詳しくは論文に発表しており、そのURLからどなたでもご覧いただくことができ、PDF形式でダウンロードしていただくこともできます(参考情報 5)。ただし、URLは自由に送れますが、PDF文書そのものを送ることはできませんので、御了承ください。なお、個々の分析においては試料、クロマト条件、検出法など、そのケース固有の条件がある場合もありますので、どうぞご遠慮なく弊社営業担当者にお声がけください。

参考情報 1 標準的な分析条件に関する資料
標準的な移動相の設計については株式会社ダイセル CPIカンパニー編「分析用キラルカラムハンドブック」 p.43 以下、あるいはウェブサイトPlease read this instruction sheet completely before using this column (daicelchiral.com) に貼付の取説をご覧ください。ただし、この記事で紹介した結果はまだ反映されていません。

参考情報 2 カオトロピー性/コスモトロピー性と関連論文
これらはたいへんよく用いられる重要な概念ですが、タンパク質の溶解性や変性にたいする影響から経験的に形作られてきた順位付けであり、明確な物理量にもとづく定義はないようです。私どもは、液体クロマトグラフィーにおける保持に関しては、イオンの溶媒和エネルギーが直接的に関与する物理量であるというRobertsらの見解が説得力があると考えていますが、カオトロピー性/コスモトロピー性は、イオンの溶媒和エネルギーの 小さい/大きい を定性的に反映した順位付けになっていると理解しています。
A. Ishikawa, T. Shibata, J. Liq. Chromatogr. 16(1993) 859.
J.M. Roberts, A.M. Diaz, D.T. Fortin, J.M. Friedle, S.D. Piper, Anal Chem. 74 (2002) 4927.

参考情報 3 中和のために添加する塩基の選択
中和のために添加する塩基は本来何であってもよいのですが、中和によって生成する塩の移動相への溶解性、MS検出の場合には揮発性と検出への影響、またCROWNPAKカラムの場合にはクラウンエーテルとの特異的な相互作用による保持への影響などを考慮して選択します。MSの検出感度を高くするにはアンモニアが良いようですが、中和で生じる塩の溶解度が低いため析出しやすかったり、濃度を正確に把握しにくいなどの欠点があります。UV検出の場合はトリエチルアミンが扱いやすく便利です。詳しい情報お求めの方は弊社営業にお問い合わせください。 なお、多糖系カラムで1級~3級アミンの試料を分析する場合、添加物のシンプルさやピーク段数の高さから(酸は加えず)ジエチルアミンなど、アミンのみを添加するシラノールマスキングモードを第1選択としてお薦めします。

参考情報 4 その他のLC/MS対応添加物
水をベースとする逆相移動相の場合にはTFAがよく用いられますが、十分な保持が得られない場合もあります。このような時には、イオンペア試薬として販売されているパーフルオロアルカン酸CnF2n+1CO2Hが有効で、TFAの濃度を上げても達成できない保持が得られます。通常1~5 mM濃度で用います。アセトニトリルベースの移動相(例えば水 5~10 vol%を含むアセトニトリル)やヘキサンベースの移動相溶媒(例えばヘキサン/エタノール/水(50/50/2 v/v/v))の場合には、例に挙げたシュウ酸のほか、TFA、ギ酸、酢酸などを5~10 mM、1~5mMのアミンとともに用います。アミンの種類は参考情報3に書いた通りです。

参考情報 5 本記事のもととなる論文
T. Shibata, S. Shinkura, A. Ohnishi, A. Yamamoto, Y. Fujioka, N. Kawahara, J. Chromatogr. Open, 5(2024) 100130. https://doi.org/10.1016/j.jcoa.2024.100130

日本プロセス化学会2024 
サマーシンポジウム
(ライフサイエンス研究開発C 大西(あ))

日本プロセス化学会2024 サマーシンポジウム

日本プロセス化学会2024サマーシンポジウムが、来る7/4-5、長崎にて開催されます。
弊社は株式会社クロマジーン様と共同講演の形で招待講演を行います。
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弊社製品紹介だけでなく、それを使いこなす業も併せて発表する予定です。出展もしておりますので、皆さまのお出でをお待ちしています。

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